松井 真由ちゃん、ダーツを始めました
近所にダーツバーができたせいで、ダーツをするようになった。
昔、ボーリングがはやったが、残念ながら、すたれてしまった。
的を得るという意味では同じである。
二十四回投げて、安価なので、手軽にできるところも魅力である。
私は、めったに酒は飲まないが、コーヒーやデザートを出してくれるのも嬉しい。
罪というのは、ギリシャ語で、ハマルティアー的はずれというらしい。
犯罪を犯す人は、決して楽しているのではない。
たとえば、盗みをする人は、現金は必要ないが、そのかわり、知力と罪責感、そして、誰か見てやしないか、いつ見つかるのだろうかという不安に襲われる。
万引きハンターは、万引き犯の顔を見るわけにはいかないが、通り過ぎて行った後の風でわかるという。
誰か見ていやしないかという不安、いつ見つかるかという恐怖感、そしてちょっぴりの罪責感・・・
様々な暗い感情が、やはり体外に渦巻いているのだ。
しかし、犯罪は犯罪を生む。
なかにはそれをネタに恐喝する輩がでてくる。
闇の世界とはよくいったもので、悪が悪を呼ぶのだ。
しかし、いくら巧妙にしてもいずれは見つかる。
見つかると、家族にまで迷惑をかける。
実際、見つかる前に逃亡生活を送った女性もいる。
そこまで苦しい思いをして、捕まるくらいなら、最初から汗水垂らして働いて金を得た方が、賢明である。
はたらくというのは、らくという言葉があとにつくように、じつは楽なことなのだ。
私も肉体労働で、身体はしんどいが、精神はらくである。
芸能人のように、半年後、仕事があるだろうかという強迫観念に襲われることもない。
的を外すのは誰でもできるが、的を射るためには、努力が必要である。
矢の持ち方、集中力、足の位置など、毎日変わっているようでは的外れ続きである。
神の御心にかなった生活をすることこそが、人生の的である。
ハレルヤ
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