日記・コラム・つぶやき

高齢社会とリストラ化

 ついに来るべきものが来た。
 内心、びくびくと怖れていたが、きっと任命されるだろうと予想していた、呪われ役ーいわずと知れた、リストラ専門人事部長に俺が選出されたのだ。

 いや、選出などというと、おこがましいに決まってる。
 だいたい、このリストラ専門人事部長なんてのは、もう会社にとって、用済みの能力のない、リストラ一歩手前の社員が選ばれるのだから。
 
 俺の部署は、三年前から売り上げが左前だったが、ついに去年、半分以上の社員がリストラに遭い、もう閉鎖部署になってしまうだろうと予測されていたが、ついにそのときが訪れたのだ。

 以前の人事部長は、急に退職した。
 原因は、表向きは病気治療に専念したいとのことだが、実態は、ストレスから生じる被害妄想、幻聴、そこから生じる数値200以上の高血圧だった。
 酒もたばこもまったくしない人だったが、想像以上のストレスがたまっていたのだろう。
 だいたい、人を傷つけて良心の呵責を感じるという善良な心の持ち主ほど、ひどいストレスを感じるという。

 しかし、噂によると、リストラを言い渡した社員の息子に、ビール瓶で殴られたらしい。
 なんでも、その社員は、リストラになってから一年間、無職で、息子は当時、金のかかる仏教系私立の高校生だったが、それが原因で中退に追い込まれたらしい。
 
 なんでも、その私立高校は、煙草を所持している現場を教師に見つかっただけで、退学というような、厳しい高校だったという。
 制服のまま、入店できる飲食店も、学校指定の中華料理屋かそば屋と決まっているという、極めて生徒を型にはめようとするがんじがらめの高校で、授業料も一般の私立高校の1.4倍だったらしい。

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転落女のうめき声

 私は三十五歳の、元風俗嬢で、今はラーメン店バイト店員。
 離婚し、田舎に残した息子を呼び寄せるためにも、このラーメン屋でがんばらなきゃならない。
 と思っている矢先に、たか子という、敵のような女が入店してきた。
 この女を仕事面で利用したあげく、退店に追い込んでやる。
 それが、唯一の私の生きる道である。

 私が地下一階で仕込みをしていると、どうしたわけかたか子がやってきた。
 私が仕込みした材料を無断で、一階に運び出す。
 一体、どういう了見だろう。

 たか子は、最初は下っ端の皿洗いだったが、次第にホールに昇格するようになった。
 やばい。ひょっとして、たか子の存在と同時に、私は解雇されるかもしれない。

 私はその当時、カウンターの調理場で、餃子を焼いたり、レジをしていたが、たか子に野次を飛ばした。
 しかし、たか子は、いつものノー天気な笑顔を浮かべるだけで、知らん顔だ。
「ねえ、あんたのはいという言い方、叫んでるみたいなんよ。辞めてくれないかな」
 たか子は、急に私を見て笑い出した。
 私は、カウンターから飛び出し、たか子の腕を掴んで引きずり出そうとした。
「やめとけ。おばさん、やめとけ」
 カウンター席の客から、制止する声が聞こえる。
「警察を呼びますよ」
 勝ち誇ったようなたか子の声が、耳に入った。
 警察?
 思わず私は笑った。
 私はいつも、被害者である。
 断じて加害者ではない。
 私はたか子の腕を放したが、店長の命令で、地下一階のホールに回されることになった。

 また、私は職場でトラブルを起こしてしまった。
 しかし、このラーメン店は大丈夫。
 だって、三か月程度で辞めていく人が多いんだもの。
 ここは、私の居場所である。

 しかし、身体はいうことはきかない。
 腰が痛く、疲労感が翌日まで抜けない。
 こんな日がいつまで、続くのだろうか。
 私は不安になった。

 たか子の方は相変わらず、マイペースだ。
 いや、それどころか、この頃はチーフや、店長とも軽口をたたき合える間柄になってきている。
 もう、いらいらして仕方がない。
 すべて、たか子が悪いんだ。
 不幸の元凶はたか子である。

 
 

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転落女のうめき女

 案ずるより産むがやすしとはこのことだ。
 私は、ラーメン店にバイトとして就職してから、もう半月たとうとしている。
 最初はとまどいを感じたが、私は決死の思いで仕事を覚え、一人前になった。
 しかし、忙しい。若い子は、すぐ辞めていく。
 なかには、一日で辞めていく子もいる。

 ようやくやり直せる。
 いや、やり直してみせる。
 そうすれば、息子とも胸を張って再会できる。
 私は肉体疲労とは、反比例して希望に胸を踊らせていた。
 しかし、この仕事はしんどいわりには、時給は対して高くはない。
 だから、私のような中年女でも務まるだろう。

「あのう、面接にお伺いしました」
 私より、ひとまわり年下の、アイドル女優のような女が、面接にやってきた。
 ある人気女優に似ている。
 私は反射的にやばいと思った。
 私の敵は、いつもこのような女なのだ。
 容姿端麗、可愛い笑顔、そして、丁寧な敬語・・・
 どれをとってみても、私には到達不可能である。
 だいたい、デリバリーヘルスをしていたときから、こういう女のお陰で、私は下品な客をあてがわれ、日陰の身に落とされてきたのだから。

 その女ーたか子といった。
 最初は、私と同じとまどい気味だったが、すぐ仕事には慣れていった。
 バイト仲間の受けもいい。
 私にできない、暗算や力仕事もすいすいとこなす。
 筋違いな妬み、醜い中年女のやっかみだとわかっていても、私はたか子を目の敵にせずにはおれなかった。
 今のうちに、たか子を退店に追い込む必要がある。
 そうしなければ、私がクビになる。
 すごい不安が襲ってきた。

 私はなぜか、たか子と組まされることになった。
 開店前の仕込みを、地下一階でしていると、たか子がその仕込み材料を一階に上げるのだ。
 しかし、たか子は、いつも勝手に仕込み材料をもっていく。
 邪魔な奴だなあ。
 私にできること、それは、いやみ作戦だった。
 私は今まで、世間から罵倒されてきたいやみを、たか子にぶつけることにした。
 たか子の精神を傷つけること、それが私にできる精一杯の抵抗だった。


 
 

 
 
 

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転落女のうめき声

 しかし、本番風俗に身体が慣れるということは、頭脳も精神も慣れていくということだ。
 ちょうど、麻薬のように、私は廃人と化して行くのだろうか。

 この頃から、私は二日酔いのように、頭がボーっとしたり、物忘れが激しくなったり、急にカーっとし、暴れたいような衝動にかられるようになった。
 やはり、私は狂人と化したのだろうか?

 こんな商売が、そうそう永く続く筈がない。
 売れっ子ならともかくも、私はほとんど客はつかなかったし、リピートされることはなかった。
 こういう業界は、固定給というのは存在しない。
 売上の半分が、給料になる。
 
 ある日、店の雇われ店長から呼び出しを受けた。
「あなたさあ、客から苦情が出てるんだよね。まあ、田舎弁は仕方ないとして、ふてくされたような下品な態度と言葉遣い、なんとかしてくれない? これは仕事なんだよ。店の品格にも関わるしね。もし、店全体の売上が下がったら、あんたのせいだよ」
 私は、ムーッときた。
 なんだ、風俗雑誌では、高収入で月百万円なんてうたってたくせに、実際私の給料は、二十万円にも満たないじゃないか。
 こんなの、こちらから願い下げだよ。
 三か月間、在籍したデリバリーヘルスを辞職した。

 でも、考えてみれば、ラッキーだったかもしれない。
 だって、若い二十代くらいの子だったら、アウトローに騙され、ヒモにさせられたりしてる子、見てきたものね。
 まあ、私は年増の三十五歳。
 これから、人生を変えていく為に、再就職を探さなきゃ。
 しかし、世間はそう甘くはなかった。
 
 ハローワークに行っても、面接までもこぎつけない。
 飲食店を捜すしかなかった。
 喫茶店、食堂、居酒屋、立ち飲み屋・・・
 どれも、若い子ばかりだ。
 四捨五入したら、四十歳の女の行くところは限られている。

 ふと立ち寄った、繁華街の喫茶店。
 久しぶりにコーヒーを飲んでみた。
 煙草を吸おうとしたら、禁煙席だということで断られ、窓際の席に移動させられた。
 有名居酒屋のチェーン店の、ラーメン屋の求人広告が目に付いた。
 なんと、十六歳から年齢不問と書いてある。
 よしっ、面接に行ってみよう。
 私は、救いの光を見いだした心境だった。

 

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子供

 私には我が子はいない。
 しかし、印象に残った子どもがひとりいる。

 今からもう、数十年前のことだった。
 当時、マンションの隣にいわゆる、水商売をしている女性の子供だった。
 母親が帰宅するまで、当時、五歳と九歳の女児姉妹は留守番をしていた。

 一度、電話を借りにきたのがきっかけで、遊びに来たことがある。
 私の母校と同じ小学校なので、その当時の写真を見せたり、ワープロで手紙を書いたりした。
 二人の女児は、目を輝かせ、熱心にワープロの取り組んでいた。

 翌日、五歳の妹が二回も、私を訪ねてきたという。
 やはり、私になついたのだろうか。
 夕方五時、五歳の妹が来て、カタコトでワープロの説明をした。
 無邪気で可愛い。
 太陽に向かっていきる、ひまわりを連想した。

 五歳の女児は、私になついてきた。
 手を振り、お姉ちゃんといって、駆け寄ってくる人形のように、可愛い童女。
 対人関係で、憎しみを抱いていた私の心に、まるで救いの光のように入ってきた。
 
 私は引っ越しすることになったが、その後も年に一度、女児の小学校へ出かけていった。
 女児は、私を覚え、無邪気に手を振っていた。
 
 あれから数十年たった今、あの子はどうしているのだろうか?
 行方知らずだ。
 もう一度会いたい。
 私の心の天使として。そして出来ることをしてあげたい。
 
 神様、会えるチャンスを与えて下さい。

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