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2009年4月

趣味

 私は、履歴書の趣味の欄には、茶華道、ピアノと明記している。
 実際、華道の方は、梨園という名前まで頂き、ピアノは、ヤマハグレート検定六級を取得している。
 現在は、講師コースを目指して、レッスン中である。

 趣味の為に、仕事をするという人もいるが、正確にいうと、趣味という楽しみがあるから、仕事の嫌な部分にも耐えられるのかもしれない。

 しかし、本当に私の楽しみは、執筆である。
 ブログと小説を毎日更新している。
 見てくれる人がいるのは、ひとつの生きがいである。

 以前の趣味は読書だった。
 読書歴があるから、執筆活動もできるといえる。
 読書はインプット、執筆はアウトプット的行為である。
 もしかして、プロになり、有名になれたらなんて、身分不相応の甘い夢を抱くこともある。

 執筆を持続するためには、常に報道番組を見るなどして、最新情報をキャッチし、いわゆる時代遅れになってはならない。
 そして、なにより、自分自身が楽しんで執筆しなければならない。
 読者は、この文章は、楽しんで書いてるか、そうでないか、一ページ読めばすぐわかる。
 失職して、がっくり来ても、楽しみと夢があれば生きられると言った人がいたが、当たってると思う。
 趣味を極めることで、自分に自信がつき、その趣味が仕事につながることも実際ある。

 ある有名作家が、幼いころからずっと、もの書きになりたかったが、経済事情で水商売の世界に入ることになった。
 しかし、夢をあきらめきれず、執筆していると、それが芸能ディレクターや高名な作家の目にとまり、それがきっかけで、執筆を仕事にするようになり、レコード大賞や直木賞を受賞まで成功した。
 その作家いわく、水商売の世界に入ったからこそ、執筆活動も個性あるものとして評価されたのであり、平凡にOLをしていると、全く何の評価もされなかっただろうと語っている。
 意外なところで、チャンスは巡ってくるものだ。

 これから、どんな趣味が増えてくるか、自分でも楽しみである。
 そして、その趣味にふさわしい生活人になりたいと思う。

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チャレンジ(挑戦)

 いくつになっても、過去に生きるのではなく、現在を生きるためには、チャレンジする必要がある。

 私の場合は資格にチャレンジしていた。
 高校が商業科ということもあり、簿記、コンピューター、漢字検定、文書検定などを取得した。
 履歴書の資格欄に記入項目なしという事実が、淋しいからだ。

 コンプレックスを感じたり、他人からけなされたりしたとき、今まで自分には不可能だと思っていたことに、チャレンジすることにより、勇気を養われる。
 そして、合格したときは、一瞬人生の成功をつかんだような、晴々とした気になる。

 現在の私は、ブログを二つもっている。
 ひとつは、エッセイ、もうひとつは小説である。
 毎日更新して、もう一年近くになる。

 エッセイの方は、毎日十五人くらいの人が、見てくれている。
 小説の方も、面白いと評判で、二十歳の元非行少年から、還暦を迎えたローカル歌手の方や、公務員さんから、好評を頂いている。
 金銭にはならないが、喜ばしいことだ。

 ブログの始めてから、人気商売の気持ちがわかるような気がする。
 いくら、学歴や資格を身につけても、人が来なければ意味がないのだ。
 ゼロどころか、マイナスなのだ。
 人の気持ちをつかむのは、難しい。

 年を重ねれば重ねるほど、失敗するのが怖いと思うようになるが、まず、楽しむことが大切である。
 たとえば、音楽などは年齢とは無関係に楽しむことができ、それをきっかけとして、楽器に挑戦する人は増えている。

 まずは、興味をもったらチャレンジすることだ。
 そこから、自信がつき、新しい人と出会うことができ、自分の人生も広がる。
 常にチャレンジャーでいたい。
 
 

 

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子供

 私には我が子はいない。
 しかし、印象に残った子どもがひとりいる。

 今からもう、数十年前のことだった。
 当時、マンションの隣にいわゆる、水商売をしている女性の子供だった。
 母親が帰宅するまで、当時、五歳と九歳の女児姉妹は留守番をしていた。

 一度、電話を借りにきたのがきっかけで、遊びに来たことがある。
 私の母校と同じ小学校なので、その当時の写真を見せたり、ワープロで手紙を書いたりした。
 二人の女児は、目を輝かせ、熱心にワープロの取り組んでいた。

 翌日、五歳の妹が二回も、私を訪ねてきたという。
 やはり、私になついたのだろうか。
 夕方五時、五歳の妹が来て、カタコトでワープロの説明をした。
 無邪気で可愛い。
 太陽に向かっていきる、ひまわりを連想した。

 五歳の女児は、私になついてきた。
 手を振り、お姉ちゃんといって、駆け寄ってくる人形のように、可愛い童女。
 対人関係で、憎しみを抱いていた私の心に、まるで救いの光のように入ってきた。
 
 私は引っ越しすることになったが、その後も年に一度、女児の小学校へ出かけていった。
 女児は、私を覚え、無邪気に手を振っていた。
 
 あれから数十年たった今、あの子はどうしているのだろうか?
 行方知らずだ。
 もう一度会いたい。
 私の心の天使として。そして出来ることをしてあげたい。
 
 神様、会えるチャンスを与えて下さい。

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