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2008年11月

どんでんがえし

 全く、正人のような平凡な高校生が、アウトローまがいの人間に狙われる時代だ。
 俺は沢木さんにお礼を言った。
「親の監督不行き届きとはいえ、正人を救っていただいてありがとうございます。小さい時から、一人っ子で、世間知らずで育ってきたもので、少々さびしがり屋のところが気になってたんですけどね」
 沢木は、苦笑いしながら言った。
「でも、正人君は本当に勉強好きでいい子ですよ。もっとも、私は優等生とは遠い世界にいましたがね」
 沢木の顔は、温厚である。
 新聞で読んだが、本当にこの人が、アウトローだったのだろうか?
「私は、過去のことを隠しだてするつもりはありません。しかし、こういった過去があるから、逆にそれを活かして、今、青少年活動に取り組むことだできるんですからね」
 人生には、無駄なものはひとつもないというが、すべての人が沢木のように、過去を現在の糧として、生きていくことができたらと思った。

 沢木って、本当に元アウトローなのかな?
 沢木の昔の写真を見せてもらった。
 顔立ちは変わりはないが、表情はまるで別人だ。
 なにが沢木をこれだけ、変身させたのかは謎としかいいようがない。
 機会があれば、聞いてみたい。

「沢木さん、今日はありがとうございました。また、呼んで下さい。俺もいつまでも、世間知らずといったわけにはいきませんのでね」
 沢木は、少し名残惜しそうに言った。
「うん、そうだな。若いうちに、人を見る目を身につけなきゃな。じゃ、さようなら」
「さようなら」
 正人は、ドアを開けた。
 俺は、もう少しこの場所にいて、現在の青少年問題を知りたいと思った。
 結局それが、正人を知る橋渡しとなる。

 携帯のベルが鳴った。
 元妻の律子からだった。
「もしもしあなた。あなた、正人に料理とか裁縫とか教えてるの? 最近、正人がおかんの負担にならないようにと、一人で料理を始めたり、ボタン付けやほころびを塗ったりするようになったのよ」
「えっ、俺は特別に教えたことなんてないよ。しかし、小さい時、見よう見まねで覚えたんじゃないかな?」
 血は争えないとは、よく言ったものだ。
 しかし、正人が律子をいたわっているということ事実に、正人の成長を感じ、ちょっぴり誇らしかった。

 俺は、雑用とはいえ、現在の仕事も板についてきた。
 まかない料理も、掃除ももっと本格的にやってみよう。
 自分の為に生きるより、他人の為に生きてみよう。
 自分にこだわって生きていると、息苦しくなるが、他人のためだと、相手の成長が嬉しい。
 もう、四捨五入すると五十歳になるが、これが俺の第二の人生のスタートラインだと、俺は張り切っていた。
 そしてそれが、正人の生き方に良い影響を与えるはずだと、父親としての甘い期待に浸っていた。

                      E  N  D
 
 

 

 

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どんでんがえし

 正人は、まさか、麻薬などに手を出していないだろうな。
 なんでも、麻薬をすると、一日三時間しか与えられない集中力が、二十四時間持続するという。
 だから、受験勉強にはもってこいなどと考える、不埒な野郎もいるくらいだ。
 だいたい、正人くらいの年代は、友人がやることを自分だけ参加しなかったら、仲間外れになるのが怖くて、いやいやながらも実行するという。
 
 そんなとき、なんと正人がはいってきた。
「沢木さん、すいません。俺のクラスメートがとんでもない失礼なことをして」
 沢木は驚嘆したかのように、言った。
「えっ、あれ、正人のクラスメートだったのか。しかし、正人の通っている高校といえば、上から二番目の進学校じゃないか。世も末だな」
 正人は、済まなさそうに言った。
「あいつ、本当は悪い奴じゃないんです。気が小さくて、言いたいこともいえなくて、クラスのグループ学習に合わなくて、いつも厄介払いされてる奴なんですよ」
「なるほど。いじめに近い仕打ちを受けてたんだな」
 沢木は納得したかのように、言った。
「それで自分を変えようと思って、あんなものに手を出したんですよ」
「あんなものって、大麻か?」
「違いますよ。外国製の睡眠薬ですよ」
「どこの国のかはしれないが、外国製の睡眠薬や精神安定剤のなかには、麻薬的な成分を含んでいるものが非常に多いから、服用しない方が身のためだぞ」
「はい」
 沢木の忠告に、正人は神妙にうなづいていた。

「あっ、親父じゃないか。でも、なぜここがわかったんだ」
「いや、口コミで聞いて訪れたんだ。正人、お前こそどうしてここに?」
 正人は胸を張って答えた。
「俺は、沢木さんと一緒に、青少年活動に取り組んでるんだ。俺も含めて、人間ってちょっとしたことで、とんでもない方向に走ったりするだろう。実は俺、脅されてたんだ」
「あの、トライとかいう、パソコンの仕事を装った詐欺集団か」
「そうだ。俺が歩いてると、急にわけのわからん男が俺をはがいじめにして、マンションの一室に連れて行って、お前、なめた真似するなよ。クラスメートを紹介してこいと脅したんだ」
「なるほど、見せしめというわけか」
「俺は、犠牲者は俺一人で十分だと思った。でも、怖くて断れなかった」

 

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どんでんがえし

「全く、この頃の親は、おバカさんが多いですよ。自分の子供をしつけようとはせず、少年鑑別所にさえ入れとけば更生すると信じてる」
 なかば憤慨するような口調で、話しかけてきたのは、俺と同年代の温厚そうな中年男だ。
 なんでも、子供二人が中学の時、麻薬に手をだしたが、沢木のおかげで立ち直り、現在は通信制高校に通っているという。
 俺は、麻薬の恐ろしさは、高校の時から知っていた。
 わがままの自己中心になり、身近な友人はみな、離れていき、中毒者ばかりが集まり、より強い刺激を求めて覚せい剤へとはまっていく。
‘麻薬やめますか。人間やめますか’という標語があるが、まさにその通りだ。
 女性の場合だと、風俗営業に利用される恐れがあるので、即実刑だという。
 
 そこに、暴走族風のヤンキー風の少年が、乱暴なドアの音を立てて、入ってきた。
「おい、沢木のおっさん。俺の親によくちくりやがったなあ」
 沢木が対応した。
「別に僕がちくらなくっても、いずれはわかることだよ。隠していたもので、ばれないものはないんだ。そんなことよりも、君は自分が立ち直ることを考えた方がいい」
 沢木の意見は、正論である。
 多分、少年はシンナーでもやってるんだろうか。目がうつろで、唇が乾いている。
 少年は、いきなり、椅子を振り回しそうになった。
「やめなさい」
 沢木 裕花が、後ろから少年の腕をつかんだ。
「こらーっ」
 少年の目はつり上がり、呪うような形相で裕花を睨みつけた。
「くそばばあ。早く死ねよ」
 わけのわからぬことを叫びながら、少年は出て行った。
 俺は、目の前でとてつもない光景を見てしまった。
 息子の正人が、ああなったら、俺はどう対処したらいいんだろう。
 そんな不安が、俺の胸をしめつけた。

 

 

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どんでんがえし

 裕花は、覚悟を決めたように、前を見据えて言った。
「そうね。何かを得るためには、楽しみを失うことも必要ですね」
 こういう強い意志をもった人こそ、人生は開けてくるんではないかと、俺は痛感した。

 沢木 裕也は、アウトロー時代のことをカミングアウトしている。
 しかし、それによって、昔の仲間から命を狙われたこともあったそうだ。
 勿論、迫害もあるが、覚悟を決めているという。
 悪の為に死ぬなら、善の為に殺された方が本望というのが、沢木の意見だ。
 沢木も昔は、アウトローとしてナンバー2まで登りつめ、一日三十万も飲み代に使い、一時的には成功したかのような生活を送っていたが、この頃からすでに、覚せい剤に苦しんだという。
 最後は、内部抗争に巻き込まれ、全国を逃亡したこともあり、その間、娘の裕花さんは、カトリックの施設に預けられていたという。その為、裕花さんは、就学が一年遅れているという。

「さあ、今日来ていただいた皆さん、一人百二十円という半端な値段で、おにぎりを販売します。値段は中途半端だが、味は中途半端じゃないよ。沢木特製手作りおにぎり、買っていってね」
 沢木の奥さんが、漫才調で販売するおにぎりは、今まで見たこともない派手なつくりだ。
 おにぎりの表面に、タコの形をしたウインナーがはめ込んであったり、茶巾巻きのように、三角にぎりが薄焼き卵でつつまれている。
 チープな価格でもあり、あっという間に売り切れてしまった。

 しかし、ここに訪れる親は、皆、深刻な悩みを抱えた人ばかりだ。
 我が子の、薬の問題、現在、少年院に行っている、鑑別所から出所してきたばかりであるなど・・・
 なかには、アウトローになり、現在親分の身代わりになり、刑務所に服役中などという深刻な悩みを抱える母親もいる。
 しかし、なぜか、ラメ入りの派手なTシャツに、ピッチリとしたスパッツ。
 派手好きなのかな?
 その母親が、少し後悔したかのように言った。
「私は息子が中学の時、悪い事をして職員室に呼び出されると、往復ビンタをくわしてたんですよ。もちろん、教師のいる前で」
 俺が思うに、そういうことをして、わが息子に恥をかかすようなことをするから、ぐれたんじゃないか。
 俺は思わず、反論したいのを、こらえていた。
 

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どんでんがえし

「もしかして、結城正人くんのお父さんですか? お久しぶりですね」
 ある女子高校生風が、挨拶してきた。
 しかし、誰だか、さっぱり見当もつかない。
 でも、正人の旧姓を持ち出すということは、正人の小学校時代の知り合いかもしれない。
「あのう、どちら様でしょうか」
「お忘れになったでしょうねえ。私は、正人君の小学校五年のときのクラスメートで、沢木 裕花といいます。沢木 裕也は私の父親です。私が、やくざの娘でいじめられてたとき、かばってくれたのが、結城君だった。今でも、遠足のとき、結城君にもらったおにぎりの味をおぼえています」
 そんなことがあったのか。
「そこで、私、お返しにバレンタインのチョコレートをもって、結城君の家に行ったんですよ。そのとき、出てこられたのがお父さんだった」
 もう、八年も昔のことだ。
 しかし、その当時は、正人の家には友人が遊びに来ていたので、一人ひとりを思い出すわけにはいかなかった。
 しかし、インテリ風の女子高校生だ。
「現在、正人と同じ高校三年ですね。ちなみにどこの高校へ、通ってるんですか?」
 沢木 裕花は、有名進学校の名を口にした。
 正人が、第一志望にしていた高校名だ。
 努力の結果だなあ。
「私は、勉強だけは公平だと思ってるんです。男女差別もないし、親の職業も関係ないでしょ。それが、スポーツとなると、生まれつきの運動神経を問われることもあるし、芸能や事業だと、いくら努力しても向き不向きがあるし、金もかかる。でも、勉強だけは、努力さえすれば、誰でも結果は得られるんですよ」
 なるほどなあ。逆境をプラスに変えたんだな。
「そういうこともあったんですか。まあ、正人は弱い者いじめは嫌いだったし、正義感は強かったなあ。覚えててくださって幸いです」
 俺は、自分の息子が人助けをしてるのを知って、ちょっぴり誇らしかった。
「私、弁護士になりたいと思ってるんです。だから今、司法試験を目指してるんです」
 裕花は、目を輝かして発言した。
「まあ、弁護士というのも、結構危険な仕事ですよ。セクハラもあるっていうし、婚期も逃すっていいますが、まあ、夢に向って頑張ってください」
 俺は、思った事を正直に口にした。
 

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どんでんがえし

「ところで、あなたは、何か子供さんのことで、お悩みを抱えてらっしゃるんですか?」
 ジャージー姿の少しぽっちゃり型の、一見お笑い芸人のような中年男が、声をかけてきた。
 俺は、少々面食らった。
「うーん、まあ、今のところはまだ、疑惑の段階なんですけどね、この頃、高校生でも薬に手を染めてる子って多いんでしょうかねえ」
「まあ、アメリカなどと比べると、比較になりませんが、日本でも麻薬が蔓延しつつありますね」
 俺は、麻薬の恐ろしさを知っていた。
 俺自身、目と目があったというだけで、自転車で追いかけられたことがあったし、ときどき繁華街で、それらしき女性が店の中で暴れたり警察沙汰になっているのだ。
 わいせつな言葉を吐き、わけのわからないことをいってわめく女性。
 失礼ながら、風俗嬢なのかもしれない。

 女性の麻薬中毒者は、即、実刑だという。
 なぜなら、やはり風俗に堕ちたりする危険度が高いから。
 だから、女子刑務所は、麻薬中毒者が4%も、余剰人員を抱えているという。
 辛い現状である。

 ジャージー姿のお笑い芸人風は言った。
「私は、沢木さんのグループの、中山といいます。実は、私も元アウトローだったんですよ」
 えっ、それにしては、温厚そうな人だ。
 笑顔が、前科十四犯、元アウトロー作家安部譲●に似ている。
 アウトローが本職から離れると、もう同業者に、殺されるか、それとも自分が殺人者になるかという不安から解放されるので、いっぺんに顔が温厚になり、笑顔になるという。
 
 男は、しんみりと言葉を続けた。
「私も現役時代、覚せい剤に手を染めたものですよ。最初は売人してたんですけどね、気がつくと、恐怖感から自分がそれにはまっていったんですよね。おかげで、七回、刑務所暮らしですよ。まあ、今は、その体験を活かして、そういった人のケアをしてるんですけどね」
 人生に、無駄なものは何もないというが、まさにこの人は、マイナスをプラスに変えた人なんだな。
 俺も、そんな生き方ができたらな。この無職体験をプラスに変える方法が、あればいいんだけどな。

 

 

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どんでんがえし

 ふと、新聞の社会面に目を通した。
‘元アウトロー、青少年問題に取り組む’
 意外なタイトルが目についた。
 俺は、早速読んでみる気になった。

‘アウトローを首になった、六人の元アウトローが、過去の体験を生かして麻薬や非行問題と取り組む。第一弾 親の会 復活の会’
 というタイトルで、そこには、非行に走った子どもをもつ、親のコメントが記されていた。
 
「うちの息子は高校一年の時、シンナーに酔って、同級生を鈍器で殴り、少年鑑別所に入院していました。私は、息子に何不自由しないほど、金銭を与えてきただけにショックでした。でも、少年鑑別所にさえ、入院すればそこで、更生できると信じ込んでいたのが間違いでした。息子は更生する気など全くなく、鑑別所仲間と組んで、さらに悪いことをしようとしています。しかし、復活の会に出会って、救われました」

 元アウトロー沢木 裕也が、コメントしている。
「私は、元アウトローから更生した、沢木 裕也です。これからは、過去の体験を生かし、非行で苦しんでいる親五さんの力になるつもりです」
 月に一度、喫茶店を借り切って、集会をしているという。
 そうだ。現代の若者を知る意味でも、一度‘復活の会’に訪れてみよう。

 その喫茶店は、オフィス街の裏通りにあった。
 なんでも、沢木 裕也の妻が経営する喫茶店らしい。
 カウンター席が七席と、ボックス席が五席あるだけの、小じんまりした店だ。
 しかし、五十歳くらいの婦人で、満席になっていた。
 みな、苦しみの中から、救われたような顔をしている。
 口々に、自分の息子の悩みを語り出していた。
 
「私は、息子が中学の時、職員室に呼び出されると、いきなり往復びんたを食わしていました。その結果、アウトローです。現在、親分の身代わりになり、刑務所に入っています」
 派手な原色のTシャツを着た、五十代の気丈そうなおばさんだ。
「娘が現在、家出中です。どこにいるのやら」
 強烈な悩みを抱えた人ばかりだ。
 それに比べりゃ、俺はまだ、幸せな方なのかな。

「ところで、あなたは、どんな悩みをお持ちですか」
 なんだか、ほんわかした面倒見のいいおじさんが、声をかけてきた。
 この人こそが、元アウトローの沢木裕也だという。
 ドスの利いた怖い人というイメージはなかった。
 沢木の昔の写真を見せてもらって、驚いた。
 整形手術したわけでもないのに、まったく現在とは顔つきが違う。
 顔立ちは同じだが、雰囲気が違う。
 人間とは、こんなに変化するものだろうか。
 


 


 

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どんでんがえし

 セクハラに、痴漢の冤罪まがいが起こってからでは遅い?
 ということは、裏を返せば、そういった事実が過去に発生し、二の舞が発生しないために、男子を雇用することにしたんだろう。
 とんだ、雇用均等法である。

「いかがですか? 仕事内容は納得していただけましたでしょうか?」
「はい。とりあえず、やってみたいと思います」
 俺は、藁にもすがる思いで答えた。
「そう言っていただける方が、あと七人ほどいらっしゃいますので、その中から選考させていただきます。結果は、追ってご通知いたします」
 俺は、一礼してドアを閉めた。

 なんと、七倍、いや、それ以上の競争率だ。
 しかし、ひょっとして、採用になるかもしれない。
 俺は、希望を捨ててはいなかった。
 そうだ。今晩から、さっそく料理の勉強をしよう。
 実は、俺は料理なんてほとんどできないし、やる気もない。
 しかし、仕事となれば、コック並みにこなさなきゃならない。
 俺は、スーパーで、食材を買い込んだ。

「あなた、私に内緒で、正人に会ったんだって。どうだった? あの子」
 帰ってくると、別れた妻の律子から、電話があった。
 警察での出来事を話すべきか、沈黙すべきなのか、俺は迷ったが、ここは沈黙を守ることにした。
 なんでも口外さえすれば、いいというものでもない。
 律子に、余計な心配はかけたくなかった。
「ああ、会って軽く近況報告しあっただけさ。いや、現代の高校生のことを知りたくてな。俺も時代錯誤になっちゃったら困るんで」
「最近、正人の様子がおかしいんじゃないかと思ってね。急にぽけーっとしたり。ひょっとして、変な薬でもやってるんじゃないかな」
 ひょっとして正人は、今、大学生の間で問題になってる大麻でもやっているとでもいうのか?
 まさか。信じたくなかった。
 絶縁されるのを覚悟で、正人に問い詰めてみる必要があると思った。
 

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どんでんがえし

「お待たせしました。結城 和人さんですね。年齢は四十歳を超えた方ですね」
 いきなり、面接官は、年齢を持ち出した。
 無理ないだろう。俺以外の人は、皆、三十五歳未満なんだから。

 畑違いの小さな運送会社に、面接に出かけた。
 なんと二十倍の競争率である。
 一応、大学時代、ドライバーのバイトをしていたことが、面接へとこぎつけた。
 しかし、時代は変わった。
 ドライバーというと、トラックの運ちゃんという形容どおり、四十歳以上のおじさんが相場だったが、現在は、若い人が中心だ。
 時代の流れとしかいいようがない。
「担当直入に申し上げますが、結城さんの年齢ではドライバーは遅すぎます。だから、荷物の仕分けと、ドライバーの補助をお願いしたいんです」
 げぼっ、俺もしたことがある。
 荷物の仕分けというと、力仕事でかなりしんどい。
 ドライバーの補助というと、弁当を手配したり、苦情処理専門のお供をしたり、まあいわば、運送会社に買われた小間使いのようなものだ。
「今までは、掃除婦を雇っていましたが、経費節減のために打ち切りました。だから、朝は七時半に来て、事務所の掃除もして頂きます。また、弁当屋が休日のとき、食堂で、うどんやカレーライスなど、簡単な調理もしていただきます。ご都合の悪いことがあれば、おっしゃって下さい」
 俺は、コックでもないのに、いきなり調理なんてできるのか?
「ご心配には及びません。そんなに難しい調理ではなくて、カレーはレトルトパックを基本として造っていただくだけ。うどんだしも、こちらで用意いたします。あなたは、それにプラスアルファして、美味しく調理していただくだけでいいのです」
 なるほど。ドライバーの健康管理を考えてるのか。
「結城さんは、一人暮らしが長いようですので、調理はできると判断させて頂きました。内心、不思議に思ってらっしゃるんじゃないですか? 通常、こういう仕事は女の雑用だと思ってらっしゃるんじゃないでしょうか?」
「まあ、従来はそうじゃなかったんでしょうか」
「たいていの会社は、女性の雑用ですが、こういった運送会社は男の世界なので、いろいろとトラブルが起こると困るので、あえて男性を選びました。セクハラだの、痴漢まがいの冤罪など起こってからでは遅いですからね」

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どんでんがえし

 正人と別れた俺は、少し後悔した。
 なぜ、元妻のことを聞かなかったのか。 
 でも、こう言う場合は、元妻とはいえ、現母親である律子を、お前の監督不行き届きで、正人があんなふうになったんだと責めることを意味している。
 そうしたら、またあいつは、それを正人に八つ当たりする。
 女は感情を抑えるのが、下手だからな。
 こういう場合は、男は黙って我慢するしかない。

 一応、正人は、無罪放免になったらしいが、警察は、正人のインチキバイト先、トライのことを調査し始めた。
 多分、陰ではアウトローが絡んでるのだろう。
 犠牲者になるのは、いつも、女性か未成年である。いずれも、大人の甘い言葉に弱いということが、共通点である。
 俺は、思わず、いたたまれなくなり、正人に電話した。
「おい、正人、こんなことでめげるなよ。人生は長い。お前はまだ、未成年だ。世間勉強をしたと思えばいい」
 正人は、笑いながら答えた。
「んもう、親父、まるで学園ドラマのヒーロー教師みたいなこと言うな。年とったものだ。ところで、親父の方は、元気なの? 最近、リストラの嵐が吹き荒れてるみたいだけど、親父は大丈夫なのかい?」
 忘れてたというより、無理に忘れようとしていた。
 俺は今、求職中の身なんだ。
「俺の方は、なんとかするよ。正人に迷惑をかけるようなことは、絶対ないからな。正人は、受験のことだけ、考えてればそれでいいんだ」
「そういうわけにもいかないよというか、そんな時代はもうとうに終わったんだ。だって、大卒や専門学校卒でも、半分は、就職がない時代なんだぜ。しかし、親父、サラ金で借金したり、保証人にだけはなるなよ。確実に、身内であるおかんと俺が、犠牲者になるからな」
「そんなこと、正人に言われなくても、とうにわかってることだよ。そこまで、世間知らずじゃないよ」
 そう言って、俺は電話を切った。
 まったく、息子が頼もしくなった分だけ、俺は年をとっている。
 さあ、再就職の道を探索しなきゃな。
 

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どんでんがえし

 俺は、久し振りに正人と並んで歩いた。
「おい、警察から電話があったとき、びっくりして、心臓がとまりそうだったぞ。ところで正人、さっき、警官に話した内容は、事実なのか? まるで、サスペンスドラマみたいな話だったぞ」
 正人は、少し怒ったかのように言った。
「事実だよ。俺も知らなかったんだ。時給千五百円の求人広告に、つられて応募したらこの始末だろう。連れもバイトしてる奴いるけど、俺だけだよ。こんな妙な目にあったのは」
「ところで、正人の連れは、どんなところでバイトしてるんだい? だいたい高校生のバイト先といえば、ファーストフードか新聞配達くらいのものじゃないか」
「あのねえ親父。時代錯誤だよ。新聞配達は、全日制の高校生は採用しないんだよ。今、どこの新聞社も競争だからな、朝刊など遅刻されたら困るからな」
「ふーん、俺達の時代は、俺も含めて、朝刊配達をしてる奴、結構多かったけどな」
「一年前までは、スーパーのレジとかしてる奴が多かったけど、今は、高校生はレジをさせないところが多くなってるんだ」
「なるほどな。時代はどんどん、変化してるんだな。ついていくの、大変だな」
 言ってしまってから、俺ははっとした。これ、完全に時代遅れのおっさんのセリフだ。
 こんなセリフを吐いてるようじゃあ、再就職も難しいな。
「なかには、騙されて、風俗バイトをした奴もいたよ。継続しなければ、高校に通報するなんて脅されて、逃げだした奴もいるよ」
「えっ、高校生が風俗バイト? ホストか?」
「違うよ。ホストクラブは今、警察の規制が厳しいから、身分証明書がなければ絶対に来店させないんだ。一見、まとも風で、陰ではアウトロー系がオーナーだったりするバイトだよ」
「なんだそれ?」 
 俺には、想像もつかない。ひょっとして、俺、知らない間に世間知らずになっちゃったんだろうか?
「たとえば、メイド喫茶のバーテンとかさ、ネットレディのサクラとかさ」
「なんだそれ、ネットレディのサクラって?」
「んもう、親父って無知だなあ。言いにくい話だけどさ、ネット上でヌードになったりする女の子がいて、それにコメントやトラックバックを送ったりするサクラだよ。もっといいとか、●ちゃん、最高。今度、デートしてとかね」
 全く、高校生をそういうことに、利用するなんて世も末だ。
 警察はそういうことを、黙認しているのだろうか。
「実はああいうバイトって、時給二千円とかってうたってるけどさ、本当は歩合制なんだ。売上の二割くらいしかもらえないんだ。なかには、売上ゼロなんていう子もいるよ。でも、ヤバイバイトだから、警察に言うこともできず、結局泣き寝入りさ。全く、金なんて言ってるやつに限って、ろくな目にあったりしないな」
 最後の意見は、俺も同感だ。
 でも、世間知らずは恐ろしい。
 俺は、一人息子の正人が、世間の罠にかからないように、陰ながら祈るだけだった。

 

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どんでんがえし

「結城和人さんですね。こちらが息子さんの今井正人君に間違いありませんね」
 警察署に出向くと、いきなり、部屋に通され、息子と面会させられた。
 約二か月ぶりの面会である。

「息子さんは婦女暴行と恐喝の容疑をかけられています。父親として、心当たりはありませんか」
「正直申し上げますと、私は十年前に離婚しまして、現在は正人とは別居していますので、心当たりなどあるはずないでしょう。それより、元妻の方が息子と同居している関係上、息子の管理は任せています」
 警官が、重々しい口調で発言した。
「一応、正人君は、容疑を否認していますが、そういった場所に居合わせたことは、認めています」
 俺は思わず、正人の胸倉を掴みたいのを我慢した。
「おい、正人、お前、もしかして暴走族とでも付き合ってるのか?」
 無言のままだった正人が、口を開いた。
「違うよ。暴走族の知り合いなんていやしないよ。でも、アルバイトの面接で出向いたマンションの一室で、そういうことが行われてたんだ」
 警官と、俺は思わず、同時に発言した。
「なんのアルバイトだ」
 正人は、ようやく元気を取り戻したようだ。
「パソコンの操作だよ。時給千五百円貰えるっていうから、さっそく応募したんだ」
 俺は、想像上のことを口走った。
「わかった。出会い系サイトのサクラだろう。あれは、詐欺罪に当たるんだぞ」
 正人は、反発した口調で言った。
「違うよ。ただ、暗号のようなアルファベットを画面に打鍵していくんだ。内容は僕にも、チンプンカンプンだ」
 警官が口を開いた。
「具体的にどんな内容なんだ。文章になっているのか?」
「内容は僕にもわかりません。携帯から言われるACFGHとか、アルファベットをランダムにパソコンに打鍵していくだけです」
 俺が推測するに、多分、素人には判断しにくい暗号だろう。
 特別のソフトが用意されてあって、素人には判別できない仕組みになっているのだろう。
 オレオレ詐欺の一種かもしれない。
 そして、いざとなったら、高校生を共犯に仕立て上げようと思っているのだろう。
「僕はその仕事を、一週間しました。あなたは、打鍵スピードも速いし、正確さも一番だから、期待していると言われ、喜んで給料を取りにいったのです。そうしたら、仕事場とは違う、デザイナーズマンションの一室に案内されると、二十歳くらいのヌードの女性が僕の隣に座り、いきなり『このガキの高校生が、私をレイプして恐喝した』なんて、大声で叫び、一万円札の束を僕の股間に押し込んできたのです」
 まるで、サスペンスドラマのような、世界だ。
 俺も警官も半ば、呆れたような顔で、正人の話を聞きいっていた。
「僕は思わず、部屋から出ようとしましたが、外から鍵がかかっていたのか、逃げられませんでした。そうしたら、
後ろから、みぞおちを殴られ気を失っていました。気がつくと、ヌード姿のその女性も倒れていました。僕は、一万円の札束を置いて、ドアをこじ開けて逃げ出しました」
 警官は尋ねた。
「何分くらい、気を失ってたんだ? そうして、開けられなかったはずのドアが、今度は、簡単に開いたのか?」
「ぼくが思うに多分三十分くらい倒れていたと思います。そして、なぜか、初めはドアが開かなかったのに、二度目は簡単に開きました」
 警官は、調書を取り始めた。
「そのアルバイト先の資料を持ってるか」
 息子は黙って、求人広告を差し出した。
 なるほど、繁華街から二駅ほど離れたマンションの名前と‘入力業務募集 有限会社 トライ’と一見、家庭教師募集を想像させるような、求人広告が名売っている。
「一応、このことは、今のところ、学校には通報しませんが、後日、現地確認で来てもらいます。本日のところはお引き取り下さい」
 俺と正人は、警察署を後にした。
 
 
 


 

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